Bulbtone

雑記です。日記です。嘘も書きます。殺菌処理済みの電球です。

継続を想う心は逆効果

 こんばんは。最近どうです?僕はギリギリです。

卒業できるか否かの瀬戸際に文章なんて書いてる場合じゃないんですけど、

多分意味のない文章も書いて表現するだけでスッキリする事ってあるんですよね。

今脳内のキャパシティを占めているこの思考が、袋にぶち込んで捨てていいゴミだ、

って分かると、頭の中の部屋がスッキリするんですよ。

そうすれば、もっと別のことに頭を使えるんです。

まあ、捨てたそばからゴミって出るんですけどね。省エネが全く活かされてない。

些細な事から大きな事までそうなんですけど、「これ自分が続けたい事にしよう」って

変に思いすぎちゃうと、その固定観念に囚われて全く上手くいかないんですよね。

特に僕の場合、やりたい事が刹那的であったり、衝動的であったりするので、

実現すればその一瞬の爆発力はそこそこあるんですが、継続して火を燃やす事ができません。

だからこういうブログとか、日々書き連ねることに意味があると思っちゃうやつ、

本当は向いてないんですよね。その向いてないっていいうのがまた固定観念になって、みたいな。

でも、文章を書くのは好きなんです。その分Twitterは手軽でいい。

ミュートされようがブロックされようが、とりあえず大衆の目に止まる所で

本当に他愛もない自分の偏見や悩みをこぼしていくことができるんですから。

想定されている一番根本の用途って多分これじゃないんですけど、僕はこの用途が一番平和で、一番問題が起きないと思っています。

不特定多数の他者とのコミュニケーションで、摩擦が起きない訳ないんですよ。

そう思えば、人には見せない日記の延長としてのTwitterは、とても静かで、

誰かの日記をこっそり覗いているみたいな、そんな背徳感が楽しいです。

でも日記は日刊じゃなくてもいい。気軽に書けばいい。

それを心から思える日が来たら、きっとこういう文章を書く事も趣味になったりするんでしょうね。

 

僕、レポートとか規定字数に達するのは得意なんですよ。

今日のこの記事、スマホYouTube見ながら打ってっから。

収集車はさっき行っちゃったけど、部屋のゴミ、まだいっぱい落ちてるみたいです。